本日、指定暴力団住吉会会長の関功さんが亡くなられました。住吉会と言えば山口組と双璧を成す日本最大級の暴力団ですが、
①代表を務めた関代表とは一体どんな方なのか?
②関代表の死因は何だったのか?
③住吉会の次期トップ(代表)は誰なのか?
が気になったので調べてみました!
みなさん一緒に確認していきましょう!
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関功(せきいさお)さんのプロフィール
生年月日:1946年
出身地:千葉県
1965年19歳で任侠の世界に入り、2014年には住吉会の会長に就任。「暴力団の排除の機運が高まる中、組織を刷新し、組織運営に成功」とYAKUZAウィキには載っていますが、表向きのお仕事(キャバクラ、風俗、土木建築関係、新聞新規開拓など)で稼げるような組織に編成することで、警察の目からやりすごせるようなシノギで暴対法に対抗していたのかもしれませんね。
また、幸平一家総長の加藤英幸さんの力を借りて九州の超武闘派暴力団”道仁会”の会長と業界初の五分の兄弟会で九州と強いつながりを持つ暴力団へと成長させたようです。
↓は関功さんの住吉会7代目福田会長就任を祝う挨拶の動画です。
中締めの音頭をとる関さんがちょっとカミながらも挨拶しているところが失礼ながら微笑ましく思ってしまいました。
要は組織改革や武力を持った暴力団と同盟関係になることで稲川会に対抗できるような勢力となるように尽力した方という感じですね。
関功代表の死因は?
関功さんは本日(2022年5月31日)に亡くなったというニュースが飛び込んできましたが、その死因としてはガンだったそうです。
千葉県内の別荘地で療養しており、病状が悪化した関さんを付き人が発見し、通報しましたが間に合わず76歳で生涯を閉じました。
もしかして前から体の調子が悪く、千葉の別荘地として有名な館山や鋸南などで療養していたのかもしれませんね。
住吉会の次期トップ(代表)は誰か?
関代表が亡くなったあとの住吉会のトップは誰なのか?
あくまで予想ですが、住吉会の次期トップ(代表)として最も有力と思われるのが、現代表代理の加藤英幸さん※です。
※加藤英幸 1947年6月30日生まれの75歳。国士舘大学卒。大学時代から住吉会系池田会に属し、広域化に尽力すると1970年代の池袋抗争を展開したり、新宿歌舞伎町でも抗争を繰り広げた武闘派組織”加藤連合会”の会長となる。2007年幸平一家13代目。2015年住吉会総本部長。2021年住吉会代表代理。
もう一人代表代理として柴崎靖忠という方が代表代理を務めていますが、住吉会に対する功績的には加藤代表代理の方に分があるように感じます。
加藤英幸さんと言えば道仁会との五分の兄弟会立ち上げの功労者であり、九州暴力団組織との強固な同盟関係を結ぶきっかけとなった人物。
また、暴力団組織の重役にも関わらず、逮捕歴はゴルフをしていただけなのに逮捕された(のちに無罪)という1件のみという点や質素な生活を貫いているという点で若手から人気のある方です。
まさしく大親分の気質を持った方ですね。
追記:7月20日専門サイトの情報では現総裁は再び福田晴瞭総裁となりました。会長は小川修司さん。加藤英幸さんは副総裁のままでした。(参考:暴力団事務所の所在地と画像)
住吉会代表関功さんの死因と次期トップ(代表)についてのまとめ
今回、住吉会代表の関功さんの経歴や死因、次期トップについて気になることをまとめました。
住吉会代表関功さんの死因と次期トップについてのまとめ
・関功さんは住吉会代表就任後、組織改革を行い住吉会の運営に貢献した他、九州きっての武闘派暴力団”道仁会”と五分の兄弟会発足に貢献した。
・関功さんの死因はガンで別荘で療養していたが容体が急変し、千葉県内の病院で亡くなった。
・関功さん亡き後のトップ(代表)は抗争経験や道仁会との同盟関係を築いた実績、若い人たちからの人望から”加藤英幸”代表代理が最も次期代表に近いのではと思われる。→住吉会総裁は福田晴瞭さんに戻り、会長は小川修司さん。加藤英幸さんは副総裁を続投という結果。
もし、加藤さんにトップが変わったら、元々イケイケな暴力団をまとめ上げていた加藤さんですから緊張状態が続いている稲川会との抗争が激化しないか心配ですね。
年齢的に高齢ということを考えるとあんまりトップの席に立たず、すぐ後進に道を譲りそうな感じもしますが、新体制になった住吉会は一体どのような動きをしていくのか?
緊張が続きます。