8月30日に旧ソ連の最後の最高指導者ミハイル・ゴルバチョフさんが亡くなりました。
91歳でした。
ノーベル平和賞を受賞し、旧ソ連の良心とも言えるゴルバチョフさんでしたが、しばらくメディアからはその存在が消えておりました。
そこで今回は
①ゴルバチョフさんの経歴
②若い頃はどんなお姿だったのか
③死因はなんだったのか
気になったので調べてみることにしました。
Contents
ゴルバチョフさんのプロフィール
生年月日:1931年3月2日
出身地:スタヴロポリ地方プリヴォリノエ村
ロシアでもかなりに西の端っこの方で生まれたんですね。
ゴルバチョフさんと言えば旧ソ連の最高指導者で頭のアザ(ポートワインの染み)がトレードマークの方ですよね。
ちなみにこのアザは生まれつきのものらしく、スイスの皮膚科医クリストフ博士によると脳の軟膜にある血管の奇形によって引き起こされるスタージウェーバー症候群によるものらしいです。
ケガをして内出血した後遺症ではないんですね。ずっと勘違いしていました。
ゴルバチョフさんの功績と言えばソ連時代のロシアの立て直し。
いわゆるペレストロイカ(ロシア語で立て直し、再建の意味)を提唱した人物ですね。
このペレストロイカはソ連の民主化を推し進めた他、過去の歴史と向き合いアメリカとの冷戦を終結させたきっかけにもなりました。
また、アメリカと共に中距離核戦力全廃条約に調印したことから1990年にノーベル平和賞を受賞しました。
今は荒れていますが、ロシアにも平和について真剣に考えていた時代があったんですね。
(参考:EAST BAY TIMES)
若い頃のゴルバチョフさん画像まとめ
ゴルバチョフさんといえば私たちはこの上のような写真のお姿しか見たことがありませんが、若い頃のゴルバチョフさんはどんな感じの方だったのか振り返ってみたいと思います。↓↓↓
↑の写真はゴルバチョフさんの家族写真のようですが、髪の毛がありトレードマークのアザは見えません。
農村の出身で小さなころから貧しかったそうですが、学業の成績が良く、着実に出世街道を歩んでいたようです。
この写真は1950年のモスクワ大学法学部時代のゴルバチョフさんですが、超イケメンですね!!
1950年ということは当時19歳のゴルバチョフさん。
すっごいモテそう…。
この写真になると今のゴルバチョフさんの面影に近くなりますね。
写真左下に写っているのは奥様ライーサさんです。
1953年(22歳)に学生結婚とのこと。
以上、写真を見た結果、ゴルバチョフさんは若い時すごいイケメンというのがわかりました。
(参考:Mail Online News)
ゴルバチョフさんの死因は
今回ゴルバチョフさんが亡くなった原因は現在もまだ公表されていません。
ロシアの報道機関の発表では「深刻な長期にわたる病気」で死亡したとされています。
そうなると考えられるのが、ガンや白血病などですが、8年以上前からゴルバチョフさんは急性発症の糖尿病(Ⅰ型糖尿病)に苦しんでいたという情報があるので、もしかしたら、それが要因で亡くなったのかもしれません。
ゴルバチョフさんは闘病の末、モスクワ中央臨床病院で亡くなりました。
(参考:Mail Online News)
ゴルバチョフさんの経歴や死因、若い頃の画像まとめ
ゴルバチョフさんの経歴や死因、若い頃の画像まとめ ・ゴルバチョフさんは冷戦の終結、中距離核兵器全廃の調印、ロシアの民主化に貢献した政治家で1990年にノーベル平和賞を受賞した。 ・ゴルバチョフさんの若い頃は超イケメンだった。 ・ゴルバチョフさんの詳しい死因は判明していないが、8年前からⅠ型糖尿病に苦しんでいた。
今のロシアを見てゴルバチョフさんは何を思うのか。
ゴルバチョフさんが指揮を執っていれば今のような状況は回避できたのではと思ってしまいます。
ソ連発展の道に尽力したゴルバチョフさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。